第一夜(前編)

小川 じゃ、始めようか。一番最初に何の話をしようかということが決まっていない

ので、この間の続きなんだけど、奈良に行った時に、帰りに偉三郎さんの書の展覧会

のことの感想を聞かれたでしょ。それについて僕はその話をしたんだけど、実はその

後に、名古屋で偉三郎さんが別のテーマの個展をやっていて……

赤木 「黙森(もくしん)」ね。

小川 静かな森?

赤木 いや、黙る森。

小川 あ、黙る森か。「黙森」。それを僕は見に行ったんだけど、その話ぐらいから

少し話を始めてということにしようかな。その前に、書のことについてもう一回話す

? あの時話したことを。どこから言えばいいんだろう。

赤木 小川さんの話は、字自体よりも書かれている内容について、何かひっかかった

ということを言ってたよね。

小川 そう。書自体は、偉三郎さんの書というのはそれなりに味があって、わりとい

いことは確かなんだけど、個展としてしっかり見て、それが本当に心に訴えかけるか

どうかは、僕にとってはあんまり、いまひとつだなというのが正直な感想なんだけ

ど、ただ、その中で見ていて一つだけ気になったものがあったのね。それは、「汝

椀」というのかな、あなたという意味での三水偏の「汝」、汝椀。そういうお椀を偉

三郎さんが最近つくっていて、その汝椀のことについて、自分がそういうお椀をつ

くった時に、いろんな気持ちの揺らぎを持ちながらそのお椀をつくっているんだとい

うことを、詩のようなものに何行かに分けて自分の気持ちが書かれていて、その気持

ちというのは、やっぱり偉三郎さんという作り手が、物をつくる上でものすごく正直

にそのことを出して、そのものがそのまま言葉になっている。そのことがすごくよく

伝わってくるようなもので、僕はそれを見て、偉三郎さんはそのことを自分の筆で書

いているわけだけど、すごくよかったのね。ほかのものについては、さっき言ったよ

うに、いまひとつ僕にとってはピンとこなかったというような気がしたんだけど。そ

ういう話をしたよね。

赤木 その揺らぎというのは、僕は偉三郎さんの仕事に関しては、ものすごく強く感

じるのね。それは、偉三郎さんのものというのは、僕と全然つくり方が違って、反発

とか、怒りとか、そういうものから物をつくっているところが偉三郎さんのものは

あって、偉三郎さんの仕事というのは、輪島の伝統的な塗り物に対して対極のほう

に、だから従来の輪島塗が右だとしたら、極端な左のほうに振れてできたものなんだ

けど、それはでも輪島という伝統があるからこそ、その中でそういう保守的なものに

反発をしてできたものなのね。それが偉三郎さんのエネルギー源で、反発してつくっ

たものを輪島が認めないというところがすごくあって、それに対して怒りと諦めと孤

独がものすごくあるのね。

小川 それはすごくわかるものがあるし、もうちょっと説明を今ここでしてほしいな

と思うんだけど、反発とかそういうことをもうちょっと具体的に話せる?

赤木 それは偉三郎さんの話の中によく出てくるけど、塗り物が雑器じゃなくなった

時に、自分が雑器をつくりたかった。でも、その前に偉三郎さんは現代美術をたくさ

ん観ているというところから、名古屋の話にきっとつながると思うんだけれど、偉三

郎さんは1970年代に、学生運動がすごく、最後の安保闘争の時だと思うんだけ

ど、新宿で安保闘争を見たり、その当時やって来たアメリカの現代美術のものを観

て、すごい刺激を受けて、それを受けてすごく美術的な漆による絵画表現をやってい

たんだけれど、ある時、突然器に変わっちゃったのね。自然にというか、荒々しく。

でも、僕のスタートというのは全然そうじゃなくて、僕は現代美術に全然刺激を受け

てない。

小川 あ、そうなの? 僕はまた、その話はあんまり詳しく聞いたことがないけど、

たしか東京にまだいた頃は、けっこうギャラリーなんかでモダンアートとか現代美術

みたいなものって、興味を持ってギャラリーで観てたりしたんじゃないの。そんな気

が僕はすごくしたんだけど。

赤木 いや、たくさん観てたけど、興奮はしなかった。

小川 あ、そうなの。

赤木 そうそう。

小川 へぇ、そうなんだ。

赤木 だから偉三郎さんは、70年代から80年代にかけてのニューヨークの現代美

術作家のものにものすごく観て興奮していて、刺激を受けているんだけど、その時代

の作家のものを僕が観た時に、もうその時は美術館に入っているものだけど、全然お

もしろくも何もなかったわけ。で、反対に僕は偉三郎さんがつくった食器を観て興奮

しちゃった。

小川 それは、じゃあ、その時はどういうふうに思ったわけ?

赤木 だから、一番最初に僕が輪島に行くきっかけになったのは、今から15年ぐら

い前に、偉三郎さんが東京の日本橋高島屋で「合鹿椀」の展覧会をやって、その時つ

くっていた合鹿椀は今よりずっといいと思うんだけど……(笑)。

小川 きっとそうだろうね。

赤木 すごい感動したよね。その時は、つくっているものは本当に道具にすぎないん

だけれど、物質なんだけれど、そうじゃなく見えた。生きているもののようになまめ

かしくて、こんなものがあるんだなと思うような、見ただけで感激があって、で、僕

もそういうものをつくってみたいなと思ったの。

小川 だけど、例えばそれまでそういう器というものについては、自分で興味がある

程度あったわけ? で、偉三郎さんのことは知っていたわけ?

赤木 もちろん偉三郎さんは知ってた。

小川 というか、その人ということではなくて、つくっている角偉三郎という人が、

塗り物としてそういう何かをつくっているということは、もちろん知ってはいたんで

すね。

赤木 うん。でも焼き物にも興味があったし、漆の作家だと、鎌倉の東日出夫さんともそ

の当時から知り合いだったから、東さんの影響もすごく強いよね。東さんの話はまた長く

なるんだけどね。

小川 それは別の話の時のテーマかな。今日じゃなくて。

赤木 でも、偉三郎さんがまた美術的な仕事を始めたというのは、すごくよくわかる

のね。

小川 つまり、さっきの「黙森」というシリーズのギャラリーでやったものとして

ね。

赤木 僕はそれをギャラリーで並べている状態は見てないんだけれど、製作途中のも

のは見ているのね、輪島の偉三郎さんの工房で。

小川 いわゆる折ぎ板のすごく大きいものなんだけど、それは物としては。

赤木 そうそう。

小川 それを見てはいるのね。

赤木 うん、偉三郎さんが惚れ惚れするような折ぎ板を。

小川 そのことの感想をここで話そうかなと思うんだけど、たまたま行った中京大学

の中にあるギャラリーなのね。それで、部屋の大きさでいったらこの桃居ぐらいか

な。もうちょっと大きいかなというぐらいで、そんなに大きいところじゃないんです

ね。で、そこに、そうだな、高さ2メートルぐらい、幅1メートル、厚さでいうとど

れぐらいだろう。

赤木 4寸だと思うな。12センチぐらい。

小川 うん、10センチぐらいは十分あるよね。そういうものが人が立っているよう

な感じで立たせてあるわけね、ギャラリーの真ん中に。それが、どれぐらいかな、1

0枚ぐらいはあったと思うけど、ずっとただ並列に並んでいってるわけ。それをぽん

と入って見たんだけど、僕はどうしてもその前に何となく先入観があって、書の展覧

会を観て、何となくちょっといまひとつ中途半端な気持ちがものすごくあったんだけ

ど……

赤木 でも、後で話すけど、その書と展覧会はセットになっているんだよね。

小川 じゃあ、まあそれは後で聞くけど。

 で、そこに入っていって、誰もいなくて、ずっと見ている間、けっこう長くいたん

だけど、誰も来なかったのね、ほとんど人は。ずっと自分がこうやって見ていって

思ったのは、やっぱり「黙森」、そういうタイトルのことを思い出すのね。それ自体

はものすごく物としての折ぎ板、すごく存在感があって、重い、大きい、しかも

バーッと塗ってある。そこに漆が塗った状態の折ぎ板がものすごく存在感があって、

ただ立っているんだけど、その間をくるくるくるくる、ぶらぶらぶらぶらか、散歩を

森でするような感じでずっと見ていたりすると、何かそこにいることがすごく安らい

だ感じ、静かな感じになって、ゆったりした感じの空気、そういうものがそこからす

ごく発散されているわけ。

 で、自分が何か、これは理由は全然わからないんだけど、ものすごくその物からい

いエネルギーをもらっているような、何かを自分に与えてくれる力がそこにすごく

あって、すごく安らがしてくれるという力がその空間、その物にある気がしたのね。

ふつう、何ていうかな、アートだったり、コンテンポラリーアートでも、そんなもの

は何でもいいんだけど、何かを主張したりとか、何か作品として訴えかけるというも

のでしょ。そこにつくられたもので、ギャラリーにあるというのは。

赤木 まあそういうアートもある。

小川 もある。そうじゃないのもあるけど。折ぎ板の偉三郎さんのそれというのは、

そういうものとは何かやっぱり違ったのね。何ていうのかな、そのものがもちろん存

在感を持ってるし、そこにすごくつくられたものとして存在はしてるけど、それと同

時にものすごくアンビバレントなものがあって、すごく自然で、すごくふつうの豊か

な何かが存在するような気が僕はそこでしたのね。単純に一言でいえば、すごいなと

思ったのと、こういうものがつくれること自体、何か僕はすごくいいことだなと思っ

たわけ。何か意味がある。

 で、その意味というのは、僕はまだ今ここではちょっとよく言葉では説明できるよ

うにはなっていないんだけど、ものすごく偉三郎さんという人にもまた惹かれたとい

う体験があったんですね。だから、僕には逆の意味で、あの書とこの間のギャラリー

での展覧会はセットになっていて、その意味が何かというのを、僕はこういう中で話

してみたいなと思っていたし、聞いてみたいなと思いつつ、あるいはまた偉三郎さん

にいつかそういう機会があって聞けたらいいなと思っているというのが、今日の時点

の話なんだけどね。

赤木 小川さんは、書の内容についてはすごく厳しいことを言ってたね。その厳しい

言葉というのは、「言葉に手垢がついている」というような言い方をしていたけど、

まあそのとおりだと思うのね。

小川 それはこういうことだよね。僕は、さっき言った汝椀(なんじわん)という

か、汝椀(じょわん)という、つくられたもの以外のものは何かというと、花とか、

酒とか、あとはちょっと長い文章だったりすると、自分の製作をしている時に海を見

ながら、自分は孤独であるみたいな、テーマとしては一言でいうと「アーチストの孤

独」みたいなテーマだと思うんだけど、そういうものって何か僕にとっては、あれだ

け見るとすごく手垢がついていて、ちょっと自分には厳しいことだなというふうに

思って、そう言ったんだけど、そのことだよね。

赤木 でも、偉三郎さんは本当に孤独なんだよ(笑)。

小川 それは、言われるとでも何と言いようもないけどね。まあ、誰だって孤独だか

らさ(笑)。そんなことを言ったら、あんまり孤独だとか言われても、今、芸術で孤

独ということを言ったって成り立たない時代だし、そういうものがいいかというと、

僕は困ると思うのね、ある意味では。

赤木 でも、その話は美術と工芸の狭間みたいなことになると思うんだけど、僕のつ

くっている器のほうに持っていくと、僕のつくっているものは器なんだけれど、でも

すごく現代美術っぽい存在だと思うのね。思うというか、最近そう言われるの。

小川 それは自分が思っているということじゃなくて、人に言われる?

赤木 そう、カテゴリーは人が勝手にいろいろとつけるし、僕もそういういろんなカ

テゴリーはつけるんだけれど、後からね。でもそういうふうに言われて、今日、

ニューヨークの現代美術の作家とコラボレーションをしないかという話があって、

ニューヨークの白人女性の作家なんだけど、名前はもう忘れちゃって思い出せないんだけ

ど、モーマじゃなくて、マーモじゃなくて、何だっけ。

中島 モーマ。

赤木 モーマ。

小川 モダンアート・ミュージアムですか。

赤木 のギャラリーで個展をやっているような、何だかあっちでは有名な人らしいん

だけど。その人が、話を聞いただけですごいおもしろくて、もともとはブロイラーに

なりたかったんだって。

小川 ブロイラー?

高橋 ブロイラーは鶏(とり)でしょ。

赤木 鶏(にわとり)のね。で、自分のすごくかわいいと思う品種の鶏を育てるとい

うのが好きで、ブルックリンに住んでいて、アパートメントにいろんな種類の鶏を

飼っていて、それを配合させて、新しい品種をつくり出して、ただそれがすごく好き

な人だったらしいんだけれど。そうすると、ものすごく臭くて、周りから苦情が出

て、それの対策のために、住宅のコンパートメントみたいなのをつくり始めて、その

コンパートメント自体が美術作品になって、で、今は例えばヨーロッパなんかでもす

ごく仕事をしていて、この間はスウェーデンだかデンマークの海に40トンのコンク

リートを沈めて、それで島をつくって、その島にコンパートメントをつくって、それ

を作品にしたりしてるらしいね。年は僕よりちょっと若いぐらいの人らしいんだけ

ど。

 で、その人は、住宅から、住宅の中にある家具、それから食器を今つくってるん

だって。それで、今度日本で展覧会を来年か再来年にするらしくて、それを、向こう

の日本ブームではないんだけれど、日本の職人ではなくて、器をつくる作家とコラボ

レーションをしたいという話があって、で、うちに来てもらって、何ができるか話を

して、一緒に何か物をつくろうと。僕は、そうやって話を聞いただけじゃすごくおも

しろそうなんだけど、具体的には何が何だかさっぱりわからないんだけど。

小川 そりゃそうだろうね。

赤木 でも、何かすごいおもしろそうだと思わない? で、今、ニューヨークとか、

あとは北欧で、ファインアートの世界で、そういう食器とか家具みたいにいっている

人がすごく多くて、どちらかというと、すごく工芸に近づいていると思うのね。僕に

とっても別に境界はないんだけど、僕はたまたま自分がつくりたいものを、ただ胸の

中にあるものをつくっているだけなんだけど、つくっているものがたまたま使うため

のものだったというだけで、それは誰かに使われることを考えてつくったりはしてい

ないの、具体的には何にも。

小川 全然してないの?

赤木 最初は揺れてるから、したりしてたけど、最近は全然考えてないね。

小川 あ、そう。

赤木 うん。でも、やっぱり昔から自分が好きなものは、こういうふうに使われて、

ぼろぼろになったものだったり……。

小川 うん、例えばここのテーブルに乗っているデルフトの皿というのも、もともと

すごく好きで、これなんかは骨董品として買ってるわけ。で、集めて、かつ使っても

いるんだよね。

赤木 うん。同様に、やっぱり自分がつくりたくて出てきたものがたまたま使うもの

だったというだけで、それを人は「工芸」だと言うけれど、それがたまたま使われな

いものだとしたら「美術」だと言われているだけでしょう。

小川 うん、まあその言葉の定義の分け方はね。

 今日は漠然とした話にいっておりますが、僕は一番最初に、今日のテーマとは違う

のかもしれないんだけど、下地の職人、あるいは下地の技術とか職人さんという話を

けっこういくつか聞いたことがあって、話したこともあって、もうちょっと違う認識

を僕は実は持っていて、その使うということについては、けっこう自分の中で認識を

わりとはっきりしていて、使う人が、あるいは使う立場とか使う物としての意識、と

いう気が実は今の現時点でも僕はわりとしているんだろうなという受け取り方をけっ

こうしてきたんだけど、どうもそこら辺に、もしかしたら僕の勝手な思い入れがあっ

たのかもしれないし。

赤木 僕もそういうふうに思ってたんだけど、つい最近、そうじゃなくなってきたよ

うな気がするの(笑)。

小川 という話がここで初めて発覚したわけですね。じゃ、せっかくだからその話を

しますか。それとも……。

赤木 その話はまたでいいんじゃない?

小川 ねえ。何か話が全然違う方向に今行ってしまいかけたので、話を僕はちょっと

偉三郎さんの話あたりに戻したいんですけど、そういうのでもいいですか。

赤木 うん。

小川 今年3月だっけ、わいちのギャラリーがオープンしたじゃないですか。で、その

時に角偉三郎さんがオープニングのイベントとしてあそこでレクチャーをしたと思う

んだけど、僕は偉三郎さんが話をそういうふうにしたのを初めて聞いて、ものすごく

興味を持ったのね。それは、さっきもちらっと言ったように、偉三郎さんという人が

ある種のモダンアート、現代アートというものと、本当に使ういわゆる雑器、本当に

きちんと使われるものをつくるというそういう意識、そこをわりと振り子のように揺

れながら物づくりをしていて、別に角偉三郎という人は、ただ雑器をつくっているだ

けでもないし、といってアートだけをやっているわけでもないし、何かそういうもの

をわりと振られながら、でも結局、出てくるものを、現時点まででわりと見て、目に

して、かつ使えるものというのは、基本的にふつうに雑器として使えるものがほとん

どだよね。ある時期まではもちろんアートというものの作品もあるけれど、このある

長い期間は……。

赤木 その二つの振り子じゃなくて、偉三郎さんの場合は輪島塗というのがあるわけ

よ。だから最初に輪島塗があって、で、偉三郎さんが惹かれたファインアートがある

のね。その振り子の間に合鹿椀みたいなものがあるんだと思うの。

小川 はぁ、なるほどね。ベクトルでいうと、合鹿椀というのは、その振れている中

から生まれてきている一つの過程だし、一つの物という感じね。

赤木 うん。でもそれは分けられないんだけど。だって、偉三郎さんの中に輪島の保

守的なものはしみ込んでいるから。しみ込んでいるから反発できるんだと思う。

小川 そうだね。

赤木 僕は何にもないから反発できない。

小川 結局、赤木明登の場合は異邦人なわけだから、そういう偉三郎さんみたいな地

元の人の、産地で、そこからは逃げられないという人間とはまたちょっと違うスタン

スにいて、まあ、僕はそれはそれで価値があって、それが一番おもしろいところだと

思っているので、その話は別の機会にまたゆっくりしますが、今日はまた偉三郎さん

の話に戻りたいんですが。何を話したのか、ちょっと今横にずれてしまいました。

 偉三郎さんのそういうおもしろさみたいなものを、僕はけっこう興味を持ったとい

う話だったんだけど、それはどうしてかというと、そういう人ってあんまりいないと

思うのね。漆の世界にだけどね。じゃあ、誰かほかにそういうふうにいるかなという

と、そんなことはなくて、と僕は思っているんだけどね。僕が知っている範囲で言う

とね。職人という意味で優れた人もいるし。でも偉三郎さんみたいなタイプというの

は、僕は非常に興味を持って……。

角さんのそういう物をつくることに、一番最初に僕が聞いたのは、赤木明登は惹かれ

たというふうに話をしていたけど、やっぱりそういうところに僕はあるんじゃないか

なと思っているんだけど、それはやっぱりそうかな。

赤木 そうなんじゃない。でも、偉三郎さんの中にはすごくいろんなコンプレックス

があるよね。

小川 例えば?

赤木 だから、合鹿椀ということに対しても、合鹿椀はイコール偉三郎みたいになっ

ているけれど、偉三郎さん自身は、合鹿椀が自分のものではないと思っているし、そ

うじゃないと思ってできているのが折ぎ板なんだけれど、折ぎ板に関してはすごく賛

否両論があるし。でも、僕は漆の仕事をしていて、やっぱり今でも一番ジェラシーを

感じる。それはすごいなと思う意味で、偉三郎さんにね。

小川 どんなジェラシーなの?

赤木 自分にはできないことがいっぱいあって、僕ができなくて偉三郎さんができる

ことは、絵が描けることだと思うの。偉三郎さんは無地だとみんな思っているけど、

偉三郎さんは絵が描けるのね、すごく。で、偉三郎さんのつくっている合鹿椀も折ぎ

板も無地のものが一つもないよね。

小川 ああいうテクスチャーは絵だということね。あれ自体は絵画なのね、偉三郎さ

んの意識では。

赤木 いや、偉三郎さんは意識しているかどうかわからないけど、僕は絵だと思って

る。

小川 と受け取っているわけ。

赤木 うん。

小川 そのとおりだろうね、間違いなく。別にあれはむらとかテクスチャーとかそう

いうことではなくて、偉三郎さんにとっての、意識しているか僕も知らないけど、見

る側にとってはやっぱりそういう気がするけどね、間違いなく。

赤木 で、すごくずっとこの15年ぐらい抽象的な絵を描いてきたんだけど、最近、

またすごく具象的な絵も描き始めたのね。

小川 それはどういうもの?

赤木 いや、具体的に。草とか、わらびとか、文字とか。

小川 ああ、この間の書道の文字なんかもそれに当たるということを言いたいわけ

ね。

赤木 うん。それがすごく上手だよね。

小川 ちゃんときちっとしたものとして定着するぐらいに形になっているよね、そう

いう意味では。

赤木 あと、の使い方がうまいよね。それは天性のものだと思うけど。

小川 それはやっぱり沈金の仕事をして、そういうものが身についているということ

ですか。

赤木 いや、沈金の仕事をしたからじゃなくて、やっぱり偉三郎さんは最初に沈金の

仕事に選ばれて沈金をしたんだと思う。で、金というのがしみ込んだんじゃなくて、

金が偉三郎さんを選んでいるみたいなところがあって、やっぱり偉三郎さんの使う金

はすごくいいよね。それは昔の沈金の注文仕事でしたものもいいし、最近、また始め

た金の仕事、折ぎ板の真ん中にまん丸の金箔を貼り付けたりしているようなものはす

ごくいいなと思う。

小川 その話を聞いて、僕、この間ふと見たものを思い出したんだけど、ずっと昔、

偉三郎さんがまだ沈金の仕事をしている時の、いわゆる重箱を、3月に「わいち」の

オープニングパーティーがあって、みんながパーティーをやっている時に誰かが持っ

てきて、全然使われてないんだけど、しまってあったのかな、それを持ってきて、そ

れで見て、僕も見たのね。そのことを思い出すんだけど、やっぱりああいう仕事を見

ていると、もちろん、けれんみがなくオーソドックスなんだけど、何かものすごく、

さっき言ったよね、金が偉三郎さんを選んでいるみたいな、金が偉三郎さんを呼んで

いる、やっぱりそれの言い方はすごく当たっていて、そういう運命にある人だなとい

うのはすごくよくわかるのね。それがあれを見た感じの感想は感想だなと思うんだけ

ど。

赤木 あの重箱は、偉三郎さんが弟子入りして1年目か2年目につくったものだもん

ね。

小川 そう言ってたね。全然使ってなかったからものすごくきれいだったけど。

赤木 何かとりとめもないね。

小川 非常にね。ストーリー性が全くないのはなぜだろう。

赤木 ちょっと休もうか。

小川 ちょっと休憩しますか。では、少し休憩しましょう。

(休憩)


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