エッセー

岡山のお椀

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僕にとって、岡山といえば仁城さんの住んでいる場所だ。岡山一般のことはよく知らないので書けないけれど、仁城さんについては書くことがたくさんある。岡山に住んでいても仁城さんのことを知らない人がほとんどだろう。でも、この機会にぜひこんな人がいてこんな仕事をしているんだと知っておいて欲しい。仁城義勝さんは、県南西部(井原市)の山の天辺みたいなところに住んでいる。仕事は、木材を削ってお椀や皿や盆などを作ること。つまり木地師。轆轤に取り付けた木片を回転させて、鉋を当てて削るので専ら丸いものばかりを作っている。木を削り形ができあがったらそれに自分で漆を塗る。漆塗りといっても、ツルツルピカピカと光ったり、豪華な金色の蒔絵が描いてあったりはしない。木の木目が透けて見えるような質素さ。でも気持を込めてひとつひとつ丁寧に作られている。仁城さんが作るのは、日常の器である。漆の器と言えば、何か特別のときにしか使わない、贅沢品のようなイメージを持たれている方が多いけれど、実はそうではない。仁城さんの器のように、平然とした顔で毎日使うことのできる漆が日本にはあるのだ。仁城さんは、材料になる木をとても大切にしている。その命を奪って、人間の勝手な都合で利用しているのだから、最後の最後まで使い切らないと罰が当たると思っている。材料は無駄なく使い切る。できた器は、丈夫で長く耐用し、傷んだら慈しむように修理もしてくれる。さらにすごいのは実用の使うために作られたただの器なんだけれど、その姿がすこぶる美しいということだ。仁城さんには何の肩書きもないので、日本の美術館には見向きもされないけれど、遠くドイツの国立美術館に展示されたり、東京のおしゃれなギャラリーに並んでいたりする。なのに、値段は、本物の漆の器としてはすこぶる安い。そして、ご本人は、そんなところに飾られることよりも、近所の普通の暮らしをしている人たちに毎日使ってもらうことを願っている。さて、いまこの文章を読まれている方、お味噌汁をいただくときにはどんなお椀を使われていますか。そのお椀は、どんな材料で、誰が、どこで作ったものでしょうか。もし今度新しいお椀を買うことがあったら、ぜひ思い出して欲しいのです。岡山のすぐ身近なところに、こんな宝物のようなお椀を作る人がいることを。たった一つのお椀が、日々の食事を、そして人生を豊かなものにしてくれることを。

(ふれあい岡山 2007.12)

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