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輪島ぅまいもん話

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「ぅまいもんは四里四方の内にある」と親方から何度も聞いた。親方というのは、輪島で塗師屋と呼ばれる漆器製造、卸、販売を担う漆器店の主人。輪島塗の世界では、昔ながらの徒弟制度がまだ生きていて、漆職人の見習いとして塗師屋に弟子入りすると、親方と子方という関係になる。年季はおおよそ四年で、年季明けには、親方と子方が羽織袴姿で、輪島塗の大盃を交わし、親子の固めとする習わしになっている。その後さらに御礼奉公というのが一年ついて、ようやく漆職人は一人前となる。弟子の間、漆職人としての技術習得に励むのはもちろんのこと、仕事の合間に「まだら」と呼ばれるこの地方独特の歌謡の手ほどきを受ける。かつては、仕事の終わりに必ずこれを一節唸って仕舞いにしたということだが、いまでは失われた伝統の一つとなった。他にも、酒の飲み方から、人付き合いの仕方、果ては遊びの作法まで、習うことはいくらでもある。要するに弟子の間に職人としての人生そのものを学ぶのだ。漆職人の遊びにもいろいろあるが、とりあえずここでは、お行儀のいい方についてだけご披露しておこう。年中、薄暗い部屋の中に座って背中を丸めて作業する職人には、季節ごとお日様をいっぱいに浴びて身体を動かす行事が用意されている。いずれにしても山海川で旬の山野草、野鳥、茸、魚介等を集め、職人どうし食事を共にする。酒を酌み交わしては、日頃の集中に凝り固まった精神を解放する。一昔前の能登は想像以上に自然が豊かで、狩猟採取生活の縄文人のごとく、野山に食材があふれていた。それらを暦に従って自らの手で捕獲し、身体内に取り入れることで、季の移ろいと天恵を知ることができるのだ。漆を塗り、器を作るという仕事は、まさにそういうことだった。ただ工場のような場所で、黙々と作業だけを繰り返すことが仕事ならば、そのような実感を得ることはなかっただろう。僕の親方は酒好きで、夕方近くなるともう飲み始めていた。自分だけだと申し訳なく思うのか、弟子にもコップになみなみと注がれた麦酒が配られた。喉を潤すその酒の旨かったこと。やがて一人前の職人となって独立を果たし、それから幾星霜を重ねたことだろう。今では僕も、何人かの弟子を抱える親方になってしまった。残念なことに、この地でも自然は衰え、素人の狩猟採取はままならぬようになってしまい、季節の行事も懐かしい思い出になりつつある。それでも、輪島には千年続く朝市が立ち、顔見知りの漁師の母ちゃんたちが、この時節に何が一番旨いかを教えてくれる。通りを歩けば、山でどんな野草や茸が採れ始めたのかがすぐにわかる。今日の収穫を手に市から帰ると、仕事前に包丁をさばき、肴の仕込みをしておく。風がよければ、塩をたてて鰈を日陰に吊るし、新鮮な鯖はほんの軽くしめて、寝させる。漆職人の仕事する作業台のことを、輪島では「まなぁた」という。俎板のことだ。さてさて、夕暮れも間近になるともう待ちきれなくなり、漆と道具を片付けながら、まなぁたの上で麦酒を注ぎはじめる。人生を教えてくれた親方は、もういなくなり、仕舞いにまだらを唄う職人も、もうどこにもいない。

(エビス本 2009.04)

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